和田椰子

幕末明治史热爱 / 松菊先生/ 政友会二代总裁 / 明治长州 / 伊藤系 / 桂园时代

区别对待

分别取自两位的《西园寺传》中关于「正面对手」桂首相的叙述ww


白柳秀湖:

桂太郎は弘化四年十一月二十八日の生れであるから、天保九年生れの山県に較べると九歳の弟、嘉永二年生れの西園寺公に較べると二歳の兄に当る。西園寺公が伊藤によって世に出た如く、桂も山県によって世に出た。伊藤と山県との衝突が、西園寺公と桂との衝突に転換されたことに何の不思議があろう。伊藤と西園寺公との関係は読者が既に之を見た。吾々は茲に政治上、西園寺公の正面の敵手であった桂の人物を知る為に、先ずその山県との関係を知らねばならぬ。


三叉同学:

然るに桂は、己の注文によってロシアに向って伊藤に対して、右の如くに流言するのは全く彼を陥穽に落さんとするものであって、傾険の心事、残忍を極めたものである。この一段は西園寺公には直接に関係はないが、公は伊藤の留守中は伊藤系の山脈中、最も聳えた高峰であるので、風にも、雨にも、触れられることが多く、そして数ヶ月の後、やがてこの狡猾なる政治家と正面に対抗せねばならぬ運命を持っているので、桂の性行と、人物を、一通り説明したのである。


三叉到底是有多讨厌太郎www


西园寺:哎呀哎呀,其实桂君和我是好朋友呀。

(原君:怒="=#)

评论